大人の発達障害(ADHD)・・・な姉。

今年52歳になる姉は

大人の発達障害(ADHD/注意欠陥多動性障害)です。

診断がついたのは昨年のちょうど今頃。

子供のそれとは症状が違い、本当に判断しにくい症状で

今でも診断が変わる可能性があると言われています。

それまでの姉は

ちょっと働いては 職場になじめず 退職し 引きこもる

それを繰り返し繰り返していました。

もう10年も 社会に出ていませんでした。

ひきこもると言っても 働きに出ないだけで

自宅では自由気ままに 過ごします。

好きなテレビを見て、おなかがすいたらご飯を食べて

眠くなったらお風呂に入って寝る。

買い物にスーパーに行ったり、

町内会の掃除なんかにも(いやいやながら)出てました。

リウマチの母と二人で暮らしていた事もあり

周囲には「介護の為に働けない」と

うまい言い訳を考えだして自分を守っていました。

だけど実際は年金暮らしの母に寄生し

掃除も料理もろくにせず

私と兄が 実家に帰っては掃除をしたり

入り用なものを揃えていました。

毎回 帰省の度に いつ働くのか?このままでいいのか?と

叱咤激励でなんとか社会復帰させようと説得を繰り返し

仕事を探し面接につきそったり、履歴書を整えたり、

実に20年近く そんな不毛な事を繰り返しました。

言われた時だけ、怒られた時だけ渋々動き出す。

だけど嫌な事はやらないし、続かない。

うるさい兄妹が来た時だけ 怒られないように

「やろうと思ってる」 

「こんな自分じゃダメだと思ってる」と泣く。

私たちが帰った途端にケロっとゴロゴロしはじめる。

いつでも自分の不幸で頭がいっぱいで

自分が世界の中心でした。

自分の大変さばかりを訴えて、責められた時だけ泣き出す。

けど、気が済むまで泣くと 次の瞬間には

ケロっとテレビの話をしたり、

怒られている最中に 差し入れたケーキをつまんだり

今 考えると 完全におかしいのですが

当時、渦中にいた家族は そんな障害の存在も知らず

ただただ、身勝手な変人だとしか捉えていませんでした。

不幸や不満ばかりを訴え だけどそこから脱する努力もしない

助けられてばかりなのに感謝もせず 

当たり前のように受け取るだけ。

私はなぜこんな人と家族なんだろうと 

自分の境遇を本当に恨んでいました。

母も父も 姉の処遇に悩み 特別学級にいれてみたり

社会に出る時には就職先を探したり。

家族の揉め事の中心に いつも姉はいました。

険悪な空気になりがちな家の中で

グレる余裕も無く(笑)

私はいつも明るく明るく、私は大丈夫。を貫きました。

家でも外でも 明るく元気。

そんな役回りを買って出ました。

姉への嫌悪は消えず

姉の存在すら 隠していた時期もあります。

父が亡くなってからは、ますますのびのびと

引きこもるようになり 

もはや考えないようにする事で

自分の精神状態を守っていました。

一回り年齢が離れている事もあり

幼少期の彼女の様子まではわかりませんが

常にいじめの対象になっていたようです。

身体が大きく、肥満体型なのも災いして

空気の読めない、何考えてるかわからない変人として

つまはじきになっていたのでしょう。

彼女の人生も それはとても大変なもので

たいした喜びや幸せも感じてきていないのかもしれない。

姉の行動も言動も、もっと違う感覚で

いろんな事情もあるんだと思います。

だけど、姉の存在があったせいで

得られなかった事が多すぎた私は

「障害」だとわかった今も

過去の傷がパカッと開いてしまう時があります。

社会にはたくさんの障害者が、一生懸命働いていて

診断がつかないまま ただの変人扱いで怒られながらも

仕事をしている人もたくさんいる。

何万回説明しても 聞きたくない話は聞きません。

誰にも理解されず、生きて来た孤独は

なかなか癒えません。

家族なんだから、兄妹なんだから

なんで気付かなかったの? 

そんな風に言われる事がとても嫌でした。

私だってこんなにあんなに辛かった!と

私の中の小さな私はプンスカします(笑)

母の事を非難されるのも嫌でした。

すぐさま病院に行くという答えを見つけられなかったけれど

常に精一杯 母親として姉に寄り添っていたから。

でもそれは私の想像で 実際には本当に世界が優しくなりました

吐き出した時、何も変わらないどころか

あっという間に福祉の手で救い上げて貰えました。

今は 福祉課の方と相談しながらゆっくりと

治療と生活訓練を進めています。

4コマ漫画にしたいようなハプニングが続いていますが

それでも 去年の私に教えてあげたい。

大丈夫。そのまま真っすぐだよ。と 

だけど 「姉のせい」にしてきた事

今は 違ったなと思っています。

これは私が選んで来た人生。

この課題をクリアして、今があります。

ここに行き着く為に 必然で起こっていた事だと。

フラワーエッセンスに出会い

まず自分を癒そうと決めました。

後回しにしてごめんね、と 自分にあやまりながら。

そこに気付いたからこそ何十年の闇が解放されたんです。

長くなってしまいましたが、

同じように発達障害の可能性を疑う家族がおられる方、

また自分がそうかもしれないと悩んでいる方

早期の適切な治療と診断をお勧めします。

自然療法を実践される方の中には薬にNO!が多いです

食事や環境で改善されるべきだと。

私も理想はそうだと思っています。

ですが、その余裕がない家庭もあります。

時間にも経済的にも情報も。

今現在の私の考えでは まずは一歩。治療法があるという光。

それが大切だったと感じています。

私は この診断をして、クリニックに持参しました。
(症状についても こちらのサイトで最初に知りました)

http://adhd.co.jp/otona/selfcheck/
(リンクがうまく貼れませんでしたしょぼん

まず家族がどんなものかを知ってから 診察に行かれるのがいいと思います。

一度診断がついてしまうと 「障害者」

ですが、そのラインはとても微妙です。

信頼出来るクリニックに出会える事が一番大事です。

市区町村の障害福祉課で発達障害に強い

クリニックを教えてもらう事も出来ますので

相談だけでも行かれるといいと思います。

フラワーエッセンスで発達障害は治せません。

ですが そこにまつわる感情を癒す事は可能です。

心をニュートラルにして 明日に臨む事が出来ます。

自分の可能性を 家族の可能性を諦めないでくださいねキラキラ

紆余曲折を経て私は今 過去最高に姉と話しをしています。

その中でイライラしたり 腹を立ててしまう事もしばしば。

だけど 何度もトライして ここを越えて行く。

その為に お互いが存在しているのでしょうから。

自分の取って来た行動や言動に罪悪感を感じたり

後悔もありました。

でもそのときの自分にイエスを出す事。

無理に抱え込まない 勝手に背負わない。

嫌なとき、出来ない事には ノーという。

その勇気を今は持てるようになりました。

まずは私が生き生きと幸せな人生を送っている事

それが 家族に出来る最良のプレゼントだと信じたから。

ここからは 迷いなし!!アップ

とてつもなく長くなってしまいました叫び

お読みくださった方 ありがとうございますドキドキ

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